トラッキングが正確にできるようになると、今まで学んでこられた心理療法のモデルが何であっても、スキルアップが望めるのも利点です。なぜなら相手の状態をかなり正確に予測することができるようになるので、相手にぴったり合わせた細やかな介入の組み立てや軌道修正が可能になるからです。

あなたがもし認知行動療法を実践しておられても、トラッキングを使っていたら、新しいホームワークをしてもらうとき、一瞬クライエントの顔に現れたかすかなしかめっ面に気がつけるかもしれません。

そうしたら新しいホームワークについてどんな気持ちになっているかクライエントさんに話してもらい、ホームワークをその人のレベルに合ったものに修正することが可能ですよね。 また精神力動療法のなかでも、ある解釈をしたときにクライエントさんの表情にとっさに出た怒りの表情が瞬時に愛想笑いに取って代わられたことをトラッキングできたら、解釈を聞いてどんな気持ちになったのかその感情的反応を一緒に話し合っていくことも可能でしょう。

そうすることでセラピストが独りよがりに陥らず、細やかな軌道修正をすることができますし、また抑圧された怒りの感情を表現できるよう「今ここで」促すことが可能になるでしょう。 丁寧で正確なトラッキングができるようになると、どんな心理療法をしていても介入がそのクライエントさんの「今ここで」の状態に合ったものへと変化させていくことが可能になります。

 

トラッキングは心理療法において基本中の基本であり、あらゆる場面であらゆる他の技法と合わせて使える汎用性の広い技法です。

しかし残念ながら今まで何年か私が日本のセラピストさんたちのスーパービジョンをさせて頂いて気がついたのは 『どうもトラッキングが苦手な方が多い』という傾向でした。アメリカ人のスーパーバイジーでもトラッキング が苦手な人はどんなにケースの見立てや理論の理解がしっかりしていても、なかなかAEDPの技法を実践場面で活かすことができないパターンがあるのは他のAEDPスーパーバイザーと話していても共通しています。そんな体験を振り返ると、トラッキングができるかできないかが大きなセラピストのコンペテンス(能力)のマーカーの一つと考えられるのです。

 日本人のトラッキング苦手傾向は日本の心理療法のトレーニングの形態が関係していそうです。なぜなら本来日本人は相手の気持ちを繊細に察する文化を持っているからです。日本の友人のスーパーバイザーやスーパーバイジーの方々からは、スーパービジョンはスーパーバイジーがセッションのなかで起こったことを記憶から呼び起こし、それをセッション後に逐語に起こしてスーパーバイザーに報告する、という形がまだ主流だと聞いています。

しかし刻一刻と変化し続けるクライエントの話し方、声の大きさ、速さ、姿勢、目線等といった非言語でのデータを記憶して、それを書き起こし、言語で誰かに伝えるのは至難の技といっていいでしょう。

皆さんもこのような経験がおありではないでしょうか?

いざセッションをスーパービジョンのために思い起こそうとするとところどころ記憶が曖昧で、どうしてもつじつまが合わない、ということが。結局忘れてしまっている部分は自分の意識的に覚えているストーリーで補ってしまうことになります 。非言語のデータはあまりにも膨大すぎて、人間の記憶力をはるかに凌駕してしまうから致し方ない状況です。しかしそのような言語的な記憶に頼るトレーニングだけですとスーパーバイザーが報告を受ける情報自体がすでに不正確なデータになっているので実際のクライエントの生々しい感情の動きを正確に捉えてもらい、それについて指導を受けるのはほぼ無理だと言えるでしょう。しかしクライエントの大切な感情のデータのほとんどはそのような記憶しにくい一刻一刻変化する非言語のデータのなかに込められていると言っても過言ではありません。実際のクライエントの感情や身体体験とセラピストの意識的に認識できる現象とのギャップはどうしたら埋められるか。それは日本での心理療法トレーニングの一つの課題と言えるかもしれません。

 

もしかして、皆さんのなかにはクライエントさんにお会いするとき「身体的なシグナルはもちろん考慮に入れている。身体のトラッキングはそんなに新しい視点ではない」と考えられる方もいらっしゃるかもしれません。しかしAEDPで教えている瞬時瞬時のトラッキングというのは1秒のなかに現れる微妙でめまぐるしく変化する身体の状態を捉える、という特殊な種類のものです。これは特別なトラッキングの訓練を受けていないとなかなか習得が難しい技法です。何度も他人や自分のセッション録画を見直して、数秒間のなかで感情的・身体的に何が起こっているかを追跡する練習を繰り返すことで、徐々にトラッキングの目が育っていく、そういった繰り返しが必要な技法なのです。また、そうしたトレーニングがないとクライエントの表情や姿勢、声などの膨大なデータのなかから何をどう「トラック」していいのかなかなか見当がつきません。感情を身体の動きから読み取るには、それを表している特定の身体的表現と感情のパターン、例えば本物の笑顔と偽物の笑顔のちょっとした違い、などある程度感情と身体の相関関係についての特別知識が必要になります。

 トラッキングとはクライエントのなかでどのような体験が起こっているかを、言語、非言語のいくつものチャンネルを通して瞬時瞬時に感情的なデータを読み取っていく「インプット」の技法です。このデータの正確なインプットがないとクライエントがうすうす感じているけど言語にはしにくい感情体験に気付けないので、注目すべきかすかな感情を見過ごしてしまいがちです。またトラッキングが正確でないと、関係性のなかでの小さなすれ違いに気がつけなくてそのズレがのちに大きくなり修復が難しくなってしまう、ということが起きることもあります。するとクライエントは感情修正体験の機会を失う可能性が高く、また関係性のすれ違いが繰り返されるとラポールの強さにも悪影響が出てしまい、結果的に変容体験が起こってこないのでクライエントの満足度が低くなってしまうということが起こってしまいます。

 

正確なトラッキングの技法を習得できると、感情体験や関係性に関して大きな改善効果が期待できるとも言えます。トラッキングによって改善できる点は二点考えられます。一つは繊細微妙な言葉にはまだならないような感情やその変化を「今ここで」すばやく捉えることができるため、感情を深め変容体験をうながす介入につなげられる点。もう一つは関係性状態のかすかな一致やずれを把握できるようになるので、そのデータを活かした介入をすることで治療関係の質の向上に役立てられる点です。クライエントが言語化しにくい感情は身体的に表現されるときが多いですよね。例えば、防衛的な作り笑いの直後に瞬時にパッと深刻な表情になる場合、などです。

その感情の大きな非言語の変化に気づけば、何が内側で起こっているのかクライエントに聞くことができます。そのような変化が起こっていることにセラピストが気がつきもしなかったら、防衛的な作り笑いのみを信じて、その下に押し殺されている本物の感情を見落とすことになるでしょう。また、関係性のなかで何かがずれているときも、細やかで正確なトラッキングができていると早い段階で修復することが可能になります。例えば、クライエントがセラピストに本心を隠して迎合している場合などです。緻密なトラッキングをしていれば、もしかしてクライエントが無理にセラピストに話を合わせている最中に目線をそらす、という微妙な目の動きに気がつけるかもしれません。そのような瞬間に「私にもしかして合わせようと無理していませんか?」と聞いてみたら、もしかして言いにくい本心を話してくれるかもしれません。少なくとも相手に表面上見せている以上の心の動きに気づいていますよ、と伝えることはできます。以上のようなトラッキングに基づいた介入をすると、感情のプロセスは深まり、加速化し、治療関係を修復すべきときに修復でき、その結果クライエントの満足度が高まる可能性を育むことができます。

 

トラッキングはどんな職場であっても使えるのも利点です。じっくり心理療法ができる個人開業のみだけではなく、児童相談所や病院、学校などどんな職場環境でも使えますし、個人だけでなくグループやカップルなどの形態のなかでもどんどん活用できるタイプの技法です。実際、表情やボディーランゲージのトラッキングはたいへん有用なので、アメリカでは心理臨床以外に様々な職場で使われています。例えば、警察官や空港での移民局スタッフなどが嘘を見抜く訓練や、ビジネスのコミュニケーションスキルを向上するための訓練としても使われています。それくらい汎用性が広い技法で、再現性があり、きちんとしたトレーニングさえ受ければ、心理療法のバックグラウンドや経験の有無とは関係なく、ほとんどの人が習得できるものなのです。

AEDPのトレーニングではセッションビデオを使い、スーパーバイジーたちが非言語サインを読み取るトラッキング力を育んでいけるように工夫されています。ときには3秒の動画セクションを何度もリプレイして、感情の表れを読みとる練習をしたりします。この度のワークショップでも、ふんだんにセッションビデオを取り入れ、トラッキングの技法をどのように使えるか、具体的かつ体験的に学べる構成にしています。今回はさらに相手に安心感やつながりを感じてもらうのに有効な波長合わせ、また変容をさらに深めていくメタプロセシングの技法も合わせてお伝えしていく予定です。

 

近年AEDPは米国を中心に世界中で注目されるモデルとなっています。例えば、過去18年間の短い歴史のなかで、AEDPのコースには30カ国以上の国から参加者が来ており、15国以上でAEDP集中講座が開催されています。また近年開催されているコースは満席でAEDPの人気を感じます。専門書や専門雑誌での論文の蓄積だけでなく、ここ2、3年でニューヨーク・タイムズ紙でAEDPの記事が何度も取り上げられ、一般向けの書籍も出版されたこともあり、英語圏でのAEDPの認知度は上昇しています。

AEDPが近年注目されているその理由はいくつか考えられます。

一つには、AEDPの『A』はアクセル(加速化)であるように治療過程が早く効果的に進むという特徴です。今までの心理療法には数年かかるのが基本的前提を持っているものもありました。しかしAEDPではトラウマが一瞬にして起こるように癒しや変容も一瞬のうちに起こり得ると考えます。ですからAEDPセラピストはクライエントに出会うその瞬間から、また初回セッションから癒しの過程は始まると考え、1秒1秒を大切な変容の機会として捉えるのです。

またAEDPはセラピストが暖かく優しいのが特徴なのもクライエントまたはセラピストの方々に好まれる理由かと考えられます。 AEDPでは暖かく優しい態度をセラピストの基本姿勢として据えています。そのように言うとAEDPセラピストの基本姿勢は暖かく優しいだけで単にクライエントに甘いのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかしAEDPの基本姿勢の暖かさはセラピストがクライエントの心の安全基地になることで、きちんと問題に目を向けることができる、また探索できる、感じることができるよう支持的に寄り添う種類のものです。もう独りではないと感じるクライエントは今まで独りでは接することのできなかった体験へと立ち向かうことが可能になり、その結果深い変容体験が起こってくるわけです。そして治療過程が深まり、今まで体験することのできなかった感情を体験すると修正感情体験が起こり、人は変容していくわけです。そのような変容体験をするとクライエントは達成感を感じることができ、それが健全な自己感への変容につながっていきます。

近年の関係性的ニューロサイエンスや感情理論、愛着理論研究では関係性と感情体験、新しい学び、トラウマの身体性などが注目されていますが、これらの研究結果はAEDP理論を支持するものが多いこともセラピストの信頼をいただけている理由の一つかと考えられます。

 

AEDPを学ぶとたくさんの新しく効果的な関係性作りと感情体験を扱う治療過程を加速化する技法を学べます。

長らくセラピストとクライエントのラポール(関係性)が良好であることは、心理治療の最大の効果要因であると多くの研究結果で言われてきました。しかしそのラポール(関係性)をどのように構築していくのかは具体的には示されてきませんでした。AEDPでは愛着理論や感情理論をベースに、例えば次のような技法をお伝えすることができます。

  • トラッキング
  • 刻一刻と変化しているクライエントの状態を細やかに感知していく方法

  • 波長合わせ
  • クライエントの安心と共感体験を促し方

  • 関係性の作り方
  • 言語または非言語のレベルでの安心感の醸し出せる方法

  • メタプロセシング
  • 何か変容が起こったときにさらなる掘り下げや変容体験を促進する技法



などが主な技法です。

特にトラッキングは基本中の基本であり、あらゆる場面であらゆる他の技法と合わせて使える汎用性の広い技法です。今まで何年か私が日本のセラピストさんたちのスーパービジョンをさせて頂く中で気がついたのは『どうもトラッキングが苦手な方が多い』ということです。アメリカでもトラッキング が苦手なスーパーバイジーはなかなかAEDPの学びを実践場面で活かすことができない傾向があります。そんな体験のなかでトラッキングはAEDP、また心理療法一般においても土台となる技法だと考えるようになりました。

トラッキングとはクライエントのなかでどのような体験が起こっているかを、言語、非言語のいくつものチャンネルを通して、丁寧に敏感に瞬時瞬時にデータを読み取っていく「インプット」の技法です。このデータの正確なインプットがないとクライエントがうすうす感じているけど言語にはしにくい感情体験に気付けないので、変容の器となる感情をみすみす逃してしまったり、関係性のなかでの小さなすれ違いに気がつけなくてそのズレがのちに大きくなり修復が難しくなってしまう、ということが起こってしまいます。するとクライエントは変容の機会を失い、また関係性の強さにも悪影響が出て変容体験が起こってこないので満足度が低くなってしまうわけです。

逆に言えば、正確なトラッキングの技法を習得できると、関係性のなかで何かがずれている時、早い段階で修復することが可能になり、クライエントが言語化しにくい感情が身体的に出てきたときにはそれをすくい取ってその感情に注目していくこともできるわけです。結果、感情のプロセスは加速化し、関係性を修正すべきときには修正できるとラポールがさらに強まり、クライエントの満足度が高まっていくことにつながります。

トラッキングが正確にできるようになると、どんな職場であっても今まで学んでこられた心理療法のモデルが何であっても格段にスキルアップが望めます。なぜなら相手の状態を正確に捉えることができるので、相手にぴったり合わせた細やかな介入の軌道修正が可能になるからです。

AEDPのワークショップでは関係性を構築していく土台となるトラッキング、波長合わせ、またメタプロセシングの技法を中心にお伝えしていく予定です。

 

 

  • トラッキングの重要性
  • 表情トラッキングワーク1
  • 表情トラッキングワーク2
  • 表情トラッキングワーク3


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ニューヨーク大学修士号、精神分析心理療法派のトレーニングで知られるNYのアデルファイ大学の臨床心理学博士課程卒業。NY州認定サイコロジストのライセンスを持つ。大学院生時代に癒しのサイコセラピーモデルであるAEDP(加速化体験力動療法:Accelerated Experiential Dynamic Psychotherapy)を教えていた創始者のダイアナ・フォーシャ博士に出会い、このモデルの持つ変容のスピード感、暖かさ、人間味あふれる優しさに惹かれ、2001年よりトレーニングを受ける。NYやボストンでの数々のトレーニングコースでスーパーバイザーとして訓練を提供し、2016年に日本人で初めてAEDP研究所のファカルティ(教員)として認定される。AEDP研究所ダイバーシティ委員会の委員長を務め、AEDPが人種や経済格差の壁を超えて広まっていくよう様々なプロジェクトに関わる。AEDPを日本にも伝えるため、AEDPJapanを設立。現ディレクター。

現在AEDPを日本で伝えることができる資格を持つ日本人、日本語で伝えることができる唯一の人物。 マンハッタン、ハーレム近辺にあるセントルークス•ルーズベルト病院の外来精神科クリニックにてインターン、ポストドクフェローを経て、サイコロジストとして2005年から2014年まで9年間勤務。スタッフや臨床心理学博士過程やソーシャルワーク学科の学生のトレーニングや患者の治療にあたる。病院では臨床心理学博士課程学生対象のトレーニングプログラムのディレクターをしていた。現在病院から独立し、マンハッタンにて個人開業中。 NY領事館後援のNPO法人邦人医療ネットワーク、ジャムズネットのメンタルヘルスネットワークのメンバーで、ニューヨーク在住の日本人の心のケア、また北日本大地震の被災者向け遠方支援プロジェクトに参加。

 

人を育む愛着と感情の力 AEDPによる感情変容の理論と実践
福村出版